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2023年1月24日

倍速視聴で残るのは「観た」記憶だけ。科学ジャーナリスト・鈴木祐さんが見つけたタイムマネジメントの困難さとタイパに振り回されないヒント #TimeDesignLab

Time Design Lab

#TimeDesignLab は「時間」との付き合い方を考えるプロジェクトです。時間の使い方や過ごし方について、さまざまな視点でみなさんと一緒に考えていきます。

インタビュー企画第2弾では、科学ジャーナリストの鈴木祐さんにお話を伺います。

本プロジェクトとぴたりと重なるテーマを真正面から考察している新刊『YOUR TIME ユア・タイム』で、鈴木さんは「『時間をマネジメントする』という発想の根本に無理がある」と断言しています。

現代人にとっての至上命題とも言えるタイムマネジメントは、なぜ実際は困難なのか?時間と幸福のジレンマを乗り越えるヒントを探ります。

プロフィール

鈴木祐 科学ジャーナリスト

1976年生まれ。慶應義塾大学SFC卒業後、出版社勤務を経て独立。10万本の科学論文の読破と600人を超える海外の学者や専門医へのインタビューを重ね、多数の執筆を手がける。

自身のブログ「パレオな男」で心理、健康、科学に関する最新の知見を紹介し続け、月間250万PVを達成。近年はヘルスケア企業を中心に、科学的なエビデンスの見分け方を伝える講演も行う。『最高の体調』『科学的な適職』『ヤバい集中力』『進化論マーケティング』など著書多数。

時間術には罠がある

──新刊『YOUR TIME ユア・タイム』のサブタイトルは、「4063の科学データで導き出した、あなたの人生を変える最後の時間術」です。本書の概要を簡単に説明していただけますか。 鈴木 世の中にはたくさんの時間術、タイムマネジメントの手法が溢れていますよね。けれども、実際の効果に関して言えば、「一部の人に多少の効果は見られるが、大抵の人は効果を得られていない」との結論が、複数の論文や研究からすでに明らかになっています。

時間術を駆使して短い時間にタスクを詰め込んでも、仕事のパフォーマンスはさほど上がりません。それどころか、24時間の枠に過剰にタスクを詰め込むと判断力や創造性は明らかに下がる傾向にあります。

時間を効率よく使おうとするほど、生産性が下がってしまう。それなのに今の時代は、いかに短時間で生産性を上げていくかが求められている。そこに大きなジレンマがあることは本書で指摘したかったテーマのひとつです。

──働き方が変化して、労働報酬が「時間」ではなく、「成果」に対して支払われるように変わってきたことも関係していそうですね。 鈴木 それも当然、関係していると思います。最近、20代の人と話すと、むやみに焦っている人がすごく多いなと感じるんですね。「早く成果を出さなきゃ」と思い込んで、「睡眠時間を削りたい」とまで焦っている。効率化と生産性を重視する弊害ですよね。

成果を挙げるために本来必要な睡眠時間を削るなんて、言うまでもなく愚の骨頂です。でもそれくらいに焦ってしまっているのでしょう。

ちなみに、睡眠時間に関しては遺伝的要因が大きいので、ベストな睡眠時間は人によって異なります。4時間あれば十分な人もいれば、12時間でも足りない人もいるくらいに幅がある。

とはいえ、短時間睡眠でも平気なショートスリーパーはわずか10万人に4人の割合でしか存在しないと言われているくらいですから、「自分は短時間睡眠でも大丈夫だ」とは思わないほうが賢明でしょう。

6時間、7時間、8時間寝たときの翌日のパフォーマンスを比べて、どれくらいの睡眠であればよさそうか自分で実験してみることをおすすめします。

「予期」と「想起」で時間を捉え直す

──時間術にはさほど効果はない。そう聞くと途方に暮れる人も多そうですが、では私たちは時間とどのように向き合えばよいのでしょうか。 鈴木 時間を捉え直すための方法として、僕は「予期」と「想起」というフレームワークを提案しています。

唐突に「予期」と「想起」と聞いてもピンと来ない人も多いかもしれないので、順を追ってお話ししていきますね。

まず、時間の感覚には個体差があります。例えば、あなたが「10年後の自分を想像してみてください」と問われたとしましょう。……どうですか? 今の自分の延長線上としてリアルに想像できた人と、見知らぬ他人を思うのと同じようになんだかうまく想像できなかった人に分かれるのではないでしょうか。

この違いは、「今の自分」と「未来の自分」のつながりの濃淡によって生じるものです。

「10年後はこうなるだろう」と想像できる人は、今の状態の次に起きる確率が高い変化を脳が予測できる。この作業が「予期」です。

対して「想起」は、思い起こした過去を参照して、未来を思い描くプロセスを指します。カレンダーに「この予定なら2時間くらいかかるだろう」と予定を組み込むことも、想起をもとにする作業です。

──今の自分と未来の自分のつながりをどれくらい感じられるかが「予期」、脳から取り出した記憶を今の自分にどう反映できるかが「想起」ということですね。

そうですね。この「予期」と「想起」がどのようなタイプの組み合わせかによって、その人が時間をどう振り返り、見積もり、使っているかも違ってきます。時間術に絶対の正解が存在しないのは、こうした理由からでしょう。

「YOUR TIME」特設サイトでは、自分の予期と想起のタイプを診断できる時間感覚テストが受けられます

ここまで時間を区切る生活は人類初

──自分が未来をどう見積もり、過去をどう捉えているかを認識することは、「時間をうまく使う」方法として有効そうです。けれども、だからといって幸せになれるわけではない。自分に合う完璧なタイムマネジメントを習得しても、人生の幸福度や充実度とはまた別物に思えます。鈴木さんはどう考えますか。

鈴木 人類が進化してきた約600万年の歴史で、こんなに時間を区切って生活してきたことは一度もなかったはずです。

1日を細かくグリッドに区切って、そこにタスクをはめて実践していく。こんな生き方は産業革命以降の近代の発明に過ぎませんから、人間の脳がそこに適応できているわけがありません。

だから多くの人が「時間管理が苦手だ」と感じるのは当たり前のことなんです。時間管理なんて、そもそも人間にとって無理なことをやっているんだ、くらいに捉えるほうがいい気がします。

倍速視聴で残るのは「観た」記憶だけ

──先ほど「ここまで時間を細切れにする生活は人類初」との話が出ましたが、2022年の「今年の新語」大賞に「タイパ」が選ばれたこともその象徴といえるかもしれません。時間対効果が重視される時代の流れは今後どう変わっていくと予測されますか。

鈴木 当面はこの流れは続くでしょうね。ただ、それが「いい時間の使い方」につながる可能性は極めて低いと私は思っています。

タイパ重視で話題の映画やドラマを倍速視聴で観ても、内容は頭に定着しません。時間が経った後に残るのは「観た」という記憶だけです。

これは「ながら見」も同じです。食事をしながらNetflixを見るような行為も、2つの行動がリソースを食い合ってしまうので、味と内容、どちらの行為も記憶に残らなくなるんですね。記憶って、そこに感情が乗っからないと残らないので。

──効率がよくても、時間が過ぎた後で自分の中に残るものが少なくなる、ということですか?

鈴木 そのとおりです。時間を細切れにしすぎた結果、常に時間に追われている感覚に陥ってしまい、やるべきことに集中できなくなる。体感が分断された結果、味気ない感覚しか残らない。こうした状態は心理学の世界で「時間汚染」と呼ばれており、マルチタスクの弊害であることも明らかです。

それに、タイパを追求しても物理的な限界があります。そう考えると行き着くところまで行った後は、タイパのカウンター的な考え方が広まっていくのでは、と僕は思っています。

脳の「脇道」に水を流すように

──時間の効率化から解き放たれたい。そんな思いはあっても、現実的には難しい人のほうが多いかもしれません。その狭間で私たちはどんな風にバランスを取ればよいと思われますか。

鈴木 効率化や生産性を上げることって、本来であれば目的ではなくて手段ですよね。なんらかの目的や満足感を得るための手段としての効率化であって、効率化のために僕たちは生きているわけではない。

普段から「時間が足りない」と感じている人は、自分はなぜ効率化にこだわっているのか、こんなに焦っているのか、一度立ち止まって考えてみるとよいかもしれません。

──鈴木さん自身も、日常生活で「立ち止まる」ような時間を設けていますか?

鈴木 僕は寝る前の1時間ですね。スマホも触らず、瞑想するでもなく、ひたすらにボーッとする時間を持つようにしています。ただボーッと、脳が自動的に起動するのをそのまま放っておくような感覚ですね。そういう時間を意識的に組み込まないと、今ある目の前のもので脳がいっぱいになってしまって、「新しいことに取り組もう」という気力が湧いてこないんですよ。

同じ仕事をずっと続けていると、脳の特定の回路だけがどんどん太くなっていきますよね。水をドッと流したらその道ばかりに水が流れて、脇道の水路にはまったく水が流れなくなる。そんな感覚がずっと続く時期があったので、あえてボーッとする時間を作ったところ、脳がリフレッシュして「脇道にも水が流れ始めたぞ」という感覚が取り戻せたんですね。以来、ここ3年くらいずっと習慣にしています。

──なるほど。そうした「放電」時間こそが、現代人にはもっと必要なのかもしれません。一方で、「特定の回路を集中的に太くする」ように、勉強や仕事に熱中する時期も必要では?

鈴木 もちろんです。そうした時期も必要ですし、昔の刀鍛冶職人のように技を磨き上げる=回路を太くしつづける職種も存在しますよね。

ただ、今の時代の働き方を考えると、ひとつの回路で過不足なく対応することはほとんどの人にとっては難しいでしょう。環境が変われば、必要とされる能力もガラリと変わりますから。だからこそ、自分の中に雑多な水路を作っておいたほうがいい。 

また、まったく逆の方法として、「ひとかたまりの集中する時間を持つ」ことも有効だと思います。

無意識にスワイプしまくって受動的に動画から刺激を受けるとかではなく、ちょっと難解な小説を集中して読むとか、難しい計算式に取り組むとか、居心地のいいコンフォートゾーンから10%だけ、意識的にはみ出してみる。

そういった習慣を日常に組み込むだけでも、時間の上手な使い方への意識は変わっていくのではないでしょうか。


編集後記

1日を細かに区切る生活様式は、人類の長い歴史の中のごく最近のこと。そう聞くと、時間管理術がそう容易ではないのも、万能なタイムマネジメントが存在しないのも頷けます。

目先の効率化ばかりに振り回されていては、人生の実感は遠ざかるばかり。

どんな時間に心地よさを感じるのか、リラックスやリフレッシュを得られるのかは人それぞれに異なります。自分の心の中の鉱脈を探り当てる。そんな気持ちでいったん立ち止まり、「よい時間の過ごし方」について一度じっくり考えてみませんか?

取材・執筆:阿部 花恵 @nobi_nobiko 編集:TimeTree 西尾 亮祐(Henry)

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